心の癒しブログ

生きるって難しい。でも答えは自分の中に見つかる。

この名前を生きる

自分の名前、気に入っていますか?

小さい頃に感じていたものと、年を重ねて感じるものは

違うのかもしれませんが、

 ご両親や祖父母、叔父や叔母、もしくはご兄弟が授けた

自分の名前。中にはご自分で改名した方もいらっしゃるでしょう。

よく小学校の授業で、

「自分の名前の由来を聞いてきて発表しましょう」

というものがありますよね。

こういう風になってほしい、

有名なあの人のように素敵になってほしい、など、

授けた方はそれぞれの思いを託して

あなたに名前を授けたと思います。

ご自分で改名された方は、「この名前のように生まれ変わりたい」と思い切ったかもしれません。

 

名前とは、よく「名は体をあらわす」と言われていますが、

それが意識してのことか、生まれる前から決めてきたのかはわかりませんが、

本当に人は名前の通りに生きているな、とつくづく思い綴っています。

 

例えば、

「美」という漢字が入る方は、必ず「美しいもの」(心、顔、スタイル、作法、字など)を備えているように思いますし、

また例えば「貴」という漢字の意味は、

・尊敬、尊重

・身分が高い

・敬意を表す

などの意味があるそうですが、どことなく高貴な雰囲気があったり、貴い生き方や、貴いプライドを持ってその道を生きていると感じたりします。

 

自分の名前を、漢字一文字ごとに調べてみてください。

ひらがなの方はその意味を調べてみると、

 

自分の生き方はその通りだな、と思ったり、

そんな意味があったのかと再認識して新しい生き方の目標になったり、

もしくは自分でない誰かの名前で、こんな意味ならこの人はしょうがない、と諦めてみたり★

 

自分にはこの名前がある、と誇りに思って

その生を尊く生きてください。

あなたの人生がその名前の通り素晴らしいものになりますように。

 

 

 

 

 

 

 

生きにくい

花粉の飛散量が半端ではないと、先ほどのニュースで拝見しましたが、

一週間前の症状と比べると大したことはないのです。

それはつまり私はヒノキ花粉でなくスギ花粉に反応してるのでしょうかね〜。

昨年飲んでいたア◯グラはやはり副作用がありました。

今年はア◯ジオンにしたら、多少の眠気のみでかなり快適に過ごせたと思います!

 

 

さて。

タイトルの「生きにくい」とは、どういうことでしょうか。

 

友達がいない、恋人ができても長続きしない、家族がうまくいかない、仕事が続かない、お金がない、病気がち等々「ツライ」気持ちばかり続くと、

この世は生きにくいな〜と感じてしまうかもしれません。

 

信頼できる人に気持ちを打ち明けて、楽になれるなら次に進めるのですが、

人を信じられず、または人に打ち明けても言い返されるだけだ、また傷つけられると思ってしまうと、自分の感じた気持ちを押さえ込んで心の深いところにしまいこみ、その時は何かで紛らわして忘れようとします。

 

こうして心の奥の方へ押し込めた気持ちが、

得体の知れぬ「不安」や「しんどさ」としていつも現れます。

 

常に襲いかかってくる不安やしんどさを土台に据えているので、本当は解決可能な問題すら、暗雲の立ちこめる如く巨大な不安に変えてしまうのですね。

 

ご相談者の方々の中には、このような考え方で生きにくさを感じている方はたくさんいるように思います。

 

しかし、生き方を決めているのはご本人。

確かにそのような考え方しか知らないし、どうしたらいいかわからないと思うかもしれません。

しかしそれをそのままにしているのもご本人です。

 

生きにくい考え方をしているのは自分だ、と気がつくこと。

 

これはとても勇気のいる決断です。

なぜなら、他人のせいにしているほうがはるかに楽で、自分を変えなくて済むからです。

 

従って生きにくさを感じて、自分に向き合おうと思った瞬間から回復のプロセスが始まっている、と私は考えます。

 

人によっては長い旅になることもあれば、

あっという間に扉が開くこともあるでしょう。

 

でも自分は変われると信じたその瞬間から、新しい生き方が始まっているのではないでしょうか。

 

「人は変われる」

 

しかし勇気のいることです。

 

でもその一歩を踏み出してしまえば、、、♪

 

 

求めよ、さらば与えられん  が信じられない人へ

こんにちは☆

 

あなたは、願った事をポイポイと叶えていますか?

そんな人いるわけないじゃんとか思いますか?

ドラゴンボールのシェンロンみたいになんでもかんでも全て叶えるというのはここでいうのとは少し違ってきますが、

今まで生きてきて願いが叶った瞬間は誰もが少なからず体験していると思います。

それは小さな願いだったり、病気が治ったり、飼っていたインコが逃げ出したけど帰ってきたり、または努力をして夢が叶った、とか様々に願いを叶えていますよね♪

これは偶然の事だった、運が良かったと思って過ごしていると思いますが、

私はその人の思いの強さが起こした結果だと思います^^

 

求めれば与えられる。求めないからやってこない。

こういうと「えーーーー!?」という声があがりそうですが。

 

願いが叶った人をみてみると、その願いの先に、人々の平和だったり、調和をとることだったり自分のためだけでない幸せを願う姿がよく見られます。

または、普段から奉仕や愛に生きている人も今するべき事がわかってくるせいなのか、

必要なことやものは自然に集まってくる感じがします。

 

反対に強く願ったのに叶わない人は、その叶わなかった現実に、叶えたかった事よりも重要な気づきがあることを学ぶ必要があったということなのだと思います。

叶わなかったことの悲しみや絶望が強くて、何かに気がつく事はそう簡単ではないと思いますが、いずれその学びのために必要なことだったと思える日がくるはずです。 

 

それとはすこし違って、叶わない時の別の例としては、

Aということを叶えたかったのに、Bが先にやってきてC、Dまで割り込んできたというときは、Aを叶えるためのステップがまだあって、それをしてからでないとAにはたどり着けないのかもしれません。

 

また、強く願っても変わらない時はもうその変わらない状況をそのまま受け入れるということをすると、

あなたの思考形態が変わり、状況ががらりと一変してしまうこともよくあります。

これはホ・オポノポノでも大天使のメッセージでも言われる「手放す」ことなんだと思います。

「手放す」と思いの鎖が切れて、新しい風が吹いてこれるように心が開くのでしょうか?

しかし完全に手放すのは簡単な事ではないですよね。

なかなか手放せない人にとっては、

押しても引いてもダメだった、回しても蹴飛ばしてもダメだったときに、

「手放す」という選択肢がやっと訪れるものなのかもしれません。

 

与えられた状況をその都度受け入れて、怒りや悲しみにとらわれず、様々な「気づき」を学び続けていけば、求めているところに到達できると私は思います☆

 

まあそんなに大げさなことでなくても、日常の小さな事から「こういうものだ」と

受け入れる心で過ごしていると、次の扉が開きやすくなるのではないかなと思うので、みなさんも気軽に手放してみてくださいね☆

 

大雨、九州の方々は大丈夫でしょうか・・・。

みな避難できますように、被害が最小限に止まりますように、

関東から祈っています。